3月26日・大宮小学校演説会で感動を呼んだ、柊野在住の川野信子さんの訴えを紹介します。
■ 両親が福島で被災、原発事故で物資が入らない...。
両親が福島県楢葉町に住んでおりますが、11日の東日本大震災による津波で、楢葉町も50軒が流されました。両親は幸い無事で安心しましたが、今度は福島原発の20キロ圏内に入っており、町民全員が避難を余儀なくされました。
両親は、精神障がい者支援センターなどで働いており、施設の利用者と一緒に退避しました。しかし、精神障がい者と一緒ということで一つの避難所に留まることができず、避難所を転々としてやっと、いわき市に落ち着くことができました。ところが、いわき市は原発から30キロ圏外にもかかわらず、放射能汚染地域扱いされて外部からの食料・物資がまったく入ってきませんでした。これはおかしいと、新聞やテレビ局にも訴えましたが、被害が大きい所や原発の報道優先で、まともに取り上げてもらえませんでした。
■ 両親の窮状を救ってくれたのは共産党
そんな時に、藁にもすがる思いで、玉本なるみ市会議員に電話をし、窮状を訴えました。
玉本さんはすぐに各方面に手を打ってくれて、私も驚きましたが、翌日には母の元に食料・物資が届いたんです。(「すごい!」驚きの声、拍手)母からは「久しぶりにのり付きのおにぎりが食べられた。あたたかいとろろのお汁も久しぶりに食べられたよ。ありがとう。」と涙ながらに電話がありました。後で聞きますと、地元の共産党の方が、物資が少ない中、かき集めて届けてくれたそうです。
いま少しずつ物資も届くようになりましたが、いつ収束するのか先が見えず、厳しい状況が続いています。津波による行方不明者が多いのに、放射能のせいで行方不明の家族を探しに行くこともできない状況です。原発の事故は明らかに「人災」です。政府は、「自主避難」ばかり言って、避難住民に何の手立ても講じてくれません。表面的なパフォーマンスの政治家ではなくて、弱者の声をきちんと受け止めてくれる人がいま必要です。
誰にも相手にされなかった私の声を受け止めてくれた玉本さんに本当に感謝しています。