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活動と政策

2020.7.25 (土)

私と日本共産党(1) 京都府会議員団長・原田完

切実な願いに耳を傾け、

  保守層とも共同し実現へ

     京都府会議員団長 原田完

 18歳の誕生日の一か月後に地区委員会に入党申込書を提出し入党しました。母は戦前、治安維持法で4回検挙され、筆舌に尽くせぬ辱めや拷問を受け7年の実刑で市谷刑務所から栃木刑務所へ送られた経験がありました。

 母は19歳で関東金属労働組合本部の活動に参加し、3・15、4・16と続いた弾圧を経て、1930年春に共産党の入党を勧められ即座に入党を決意しました。当時の絶対主義的天皇制のもとでは、死も覚悟した入党であり、「自分も階級戦士の一員として革命運動の戦列に加わる事が出来たのだ」と「生涯忘れえないことであろうと感激にひたり体が喜びに震える思い」であったとしていました。
 治安維持法で人格の否定、肉体的、精神的苦痛、孤立化、不安と仲間への思いと自身の否定、その中でも党への信頼を持ち続けた。この母の思いを少しでも受け継ぎたいと思っています。
 私は母からは活動について言われたことは一度もありませんでしたが、いつの間にか高校時代は沖縄小笠原返還同盟、民青、教育研究サークル、群馬高校生連絡協議会、生徒会、高校生で民青地区委員と種々な活動に参加していました。

 京都に就職してからは、労働争議団、民商事務局員、大型店出店反対運動、商店街事務局と様々な活動にかかわってきましたが、苦しんでいる人たちに寄り添った活動、共同を大切にしてきたことが、保守層の人々を含めて党への信頼につながってきたのではないかと思います。
 その一つに、昨年の参議院選挙での倉林さんの勝利へとつながる漁業者との共同がありました。
 京都府下の各地に定置網があります。定置網は一つ作るのに3億から5億円、経営的には大きな悩みになっていましたが、税法の減価償却は3年、消耗品の扱いでは水産庁も行政も漁業者も定置網への補助金は無理と思っていました。この話を聞いて漁業者と何度も協議して、府議会で定置網の助成を要求し、倉林議員が水産庁への要請を続けるなかで、ついに100億円の助成制度が実現しました。このことは漁業者のなかに党への共感を広げ、例えば舞鶴の大浦半島では倉林さんへの支持が飛躍的に広がりました。
 実現不可能と思われていた制度でも、必要と思われる要求に耳を傾け、現場と一緒になった運動で切り拓く。こうした姿勢を貫くことが、信頼を広げ今後の前進につながるものと確信しています。




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